2008年3月28日、ヴッパータールのシュタットハレで、日本の若きバイオリニスト神尾真由子を客演として、上岡敏之指揮、ヴッパータール交響楽団のチャリティコンサートが開催された。公演の様子が、ヴッパータール新聞を紹介する形で送られてきたので紹介しておこう。引用されているのは、2008年4月1日付ヴッパータール新聞のVeronika Pantel さんの記名記事である。
なお、
英楽館に、聴きに行かれての所感が掲載されているので、参考にされたい。
(以下、Webassitentinによる仮訳)
ヴッパータールでの競演心身ともに疲れた仕事の後で,楽器を演奏したり,合唱を歌ったり,コンサートを聴きにいく人であれば、音楽が心の調子を整えたり、人に刺激を与えたりする効果があることを知っている。音楽療法もまたこうしたの治癒効果を利用した方法である。シュタットハレで、ヴッパータール交響楽団は、音楽家としての活動を障害者や高齢者ができるようにしているフォルマールシュタインとヴッパータールの施設を支援するチャリティーコンサートを開いた。
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2007年11月28日、上岡敏之/ヴッパータール響日本公演と同じプログラム(モーツァルトピアノコンチェルト23番、ベートーベン交響曲第5番「運命」)がミラノで再演されている。弾き振りなど、主催者のたっての希望ということであるが、その様子も含め、「西ドイツ新聞」に掲載された。原文は、
西ドイツ新聞ニュースライン2007年12月3日のAndreas Lukeschさんの記名記事である。
(以下、Webassitentinによる仮訳)
Kamioka、世界に凱旋
ヴッパータール交響楽団はイタリアの“音楽の都”ミラノで公演し、1600人の聴衆を魅了した。ヴッパータール。その男は一つの事件である。そこから誰も逃れられない。楽団員であれ、聴衆であれ、。上岡敏之は人を魅了せずにはおかないのだが、その彼が必要としている唯一のものは、最高のオーケストラである。ヴッパータールで彼はそれを見つけ、楽団員と指揮者が、「仕事関係」を遙かに超えて、今や共生を始めている。その新たな境地に驚かされる。
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上岡敏之&ヴッパータール交響楽団の来日公演を終えて1週間になる。全体的な雑感を書きたいと思っていたが、それより、上岡が、どのようにこの公演に臨んでいたのかをかいま見ることができる「西ドイツ新聞」の記事を紹介しておこう。以前、
Aurorapianoさんに紹介していただいた記事なのだが、私自身、少し戸惑いも覚えながらそのままにしておいたものである。
原文は、
西ドイツ新聞ニュースライン2007年10月15日のMartina Thoeneさんの記名記事である。
http://www.wz-newsline.de/sro.php?redid=179375(以下、ウェッブマスターによる仮訳)
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上岡ってどんな人?結構せっかちでね。「ほんとぉ」、「へぇー、すごーい」「知ってる、知ってる」「あー・・」「だからなんだー」上岡との会話はこんなふうに進んでいく。結構おしゃべりかもしれない。こうした会話が延々と進んでいくのである。上岡との会話で、途切れて間が持てぬことなど、一度もない。夜通しでもしゃべっている。人の話をよく聞き、よく相づちを打ち、盛り上げていく。たずねると、熱っぽく語ってくれるが、自分の話を長々とすることもない。だから、上岡との会話のひとときは楽しい。上岡を知る人は、みなそう思っているのではないだろうか。サイン会で、一人一人に丁寧に応えていたでしょ。あれはなんのてらいも、演技もない、紛れもない上岡そのままのです。
モーツァルトのピアノコンチェルト21番を聴きながら、そんな上岡との会話を思い出し、くすっと笑ってしまった。
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深い悲しみ−−それ以外になんと表現したらいいのだろう。それ以上の言葉を私は見いだすことはできない。怒り、悔恨、喪失、いろいろなことで人は悲しみを覚える。しかし、上岡のこの曲の最後には、すでにそうした痕跡すら見つけることができない。否、原因を問うこと自体が無意味なのである。
悲しみの予兆、一間の休息、よろこび、高ぶる気持ち、すべての感情を包み込んでいく。オーケストラが一つのものとなり、まるでそれ自体が生きているものであるかのように語り始める。沈黙、慟哭、絶望、静寂、祈り、織りなす音楽のひとつひとつが心の琴線に触れていく。行き着く先は、すべてを止揚するもの。
すべてを超越した無上の喜びがあるように、すべてを超越した「深い悲しみ」がそこにある。